地震予知の実現に対する人々の期待は大変に高いものがあります.
しかし,それはきわめて困難な課題であり,
残念ながら現状の技術レベルは実用的段階にはほど遠いと言わざるを得ません.
地震予知がなかなか進展しない理由のひとつとして,そもそも対象とする大地震の発生頻度が少なく,
我々の経験蓄積速度がきわめて遅いということが挙げられます.
多くの観察や実験から経験を蓄積し,その中から法則性を見出し,
その法則に基づいて将来を予測するというのが,科学の常道です.
しかしながら,地震計による観測が開始されてからやっと100年,
本格的な調査観測がなされるようになってからは30年程度しか経っておらず,
これらの期間は大地震の1サイクルにも満たない時間です.
大地震の発生前後に震源域の近傍でどのような現象が生じるのかについて,
我々の知識はあまりに乏しいのが現状です.
それでも,東海地震だけは何とかしたいとの願望から,
特別なぶっつけ本番の予知体制がとられていることは5.1節に述べました.
ここでは,地震予知へのアプローチとして,どのような方策が考えられているかを紹介しましょう.
これまでに積み上げられた研究成果から,我々は長期的な地震発生予測については,
かなりの確度をもって見通しを述べることができるようになりました.
特定のプレート境界や活断層では,おおむねの周期性を持って大地震が繰り返されることがわかってきたからです.
問題は短期的な予測ですが,長期的な意味での地震発生可能性が指摘された地域に各種の観測を集中し,
状況の推移を監視して何とか「異常」を見つけようというのが,現在とられている手段です.
これを台風の襲来予測にたとえてみましょう.
台風は毎年夏から秋にかけて日本列島にやってきます.
その意味で,台風の襲来は1年というおおむねの周期性をもった現象といえますが,
何月何日にどこに上陸するかということを何ヶ月も前から知ることはできません.
しかし,毎日の気象観測を続けていれば,現在のように気象衛星からの画像がなかったとしても,
気圧の降下や風雨の強まり等によって,台風の接近を知ることができるでしょう.
これと同様に,地下の様子を刻々とモニターして何らかの異変を察知することができれば,
直前には地震の発生を予測できる可能性があります.
そのために何を観測すればよいかということが問題になりますが,
基本となるのは,高感度地震観測と地殻変動連続観測でしょう.
=== 図8.3 最近50年間(1949〜1998年)に日本周辺で発生したM4以上の地震の深さ分布(気象庁データによる) ===
被害地震の発生する場所は,主として地殻内やプレート境界付近の浅い場所に限られます.
図8.3は,
1949〜1998年の50年間に日本の周辺地域で発生したM4以上の地震の深さ別分布を示しており,
大部分の地震は50〜60kmよりも浅い場所で発生していることがわかります.
このような浅い部分に力が加わって,岩石の破壊強度を超えた場合に地震が発生するのです.
=== 図8.4 薄い板の破断にたとえた大地震の発生 ===
そこで,図8.4のように,薄い板を曲げていって,
これが最終的に破断する現象を大地震の発生にたとえてみましょう.
この薄板の破断を予測しようとする場合,誰もが思いつく方法が2つあります.
その第1は,最終的にバリンと壊れる前に小さな割れ目がミシミシと出来てくるであろうから,
そのような小さな破壊を監視しようという考えです.
また第2は,板の曲り具合そのものを監視して,破断の切迫度を判断しようとする考えです.
現在行われている地震予知のための観測・研究も,基本的にはこれと同じ考えが2本の大きな柱となっています.
第1の柱は地震観測,とくに小さな地震の精密観測であり,大地震発生前の微弱な前震の検知や,
地震活動の静穏化,地下物性の状態変化を反映した地震波形の変化といった異常現象の発見に期待が置かれています.
第2の柱は土地の変形具合の測定,すなわち地殻変動の精密観測です.
歪や傾斜の累積値がほぼ1/10,000に達すると通常の岩石は破壊強度に近づくということが知られており,
これから地震発生のおおよその長期的目安を得ることができます.
これに加えて,大破壊直前の特異的変化,すなわち地震発生前の異常地殻変動の検出に期待が寄せられています.
=== 図8.5 (上)岩石破壊実験における微小破壊数の推移と,試料の変形の進行状況,および(下)地震前兆現象の種類 ===
図8.5上段は,
このような予測が実際に成り立つかどうかを確かめるため,
岩石試料に圧縮力を加えて模擬的に地震を発生させた場合に観察される変化を示したものです.
左は,AEと呼ばれるごく微小な破壊の発生数が最終破断の直前に急増する様子を示しており,
右は,圧縮軸方向および横方向への試料の変形の様子を示しています.
力を加えていくと,最初は空隙がつぶれたりすることによる特別な挙動が見られますが,
その後は,加えた力に比例して単純な直線的変形が進んでいきます.
しかし,最終段階では,それまでと傾向の異なる「異常」な変形が現れて,最終破断に至っていることがわかります.
=== 図8.6 1978年伊豆大島近海地震の前震活動と,1944年東南海地震の前兆的地殻変動(Mogi,1985, PAGeoph,122による) ===
このように,実験室レベルでは予測を裏付ける結果が得られていますが,
実際の地震でも本当にこのようなことが観測されるのでしょうか.
図8.6は,
顕著な前震活動や前兆的地殻変動が検知された実例を示しています.
左は,1978年伊豆大島近海地震(M7.0)の発生に先だって,4時間ほど前から有感地震が頻発した例です.
また,右は,1944年東南海地震(M7.9)の発生直前に,静岡県掛川市付近で実施されていた水準測量によって,
地震の2〜3日前から数秒角の異常な傾斜変化が検知された有名な例を示しています.
ただし,このような前兆現象はすべての地震について現れるわけではなく,
また,同じ場所で起きた地震でも次の回には異なった様相を見せる場合があるなど,
実態は大変に複雑で,一筋縄ではいかないのが実状です.
以上に挙げた地震観測や地殻変動観測は,地球内部の力学的状態を直接に測定する最も基本的な手段であり,
これにより捉えられる前兆現象は,いわば「1次前兆」と言えます.
次に,このような力学的変化に伴って地中の歪や応力が増大すると,
滞水層の変形によって地下水位が変化したり,岩石の電磁気的性質が変化して電磁場を変動させるといった,
2次的影響が考えられます.
また,微小な地震によってフレッシュな破断面が生成されると,活性元素の放出が促され,
地下水や温泉の成分等を変化させる可能性があります.
地震や歪・傾斜といった基礎的力学量の観測と異なり,
これらの地球電磁気学的および地球化学的な観測では,観測地点の特異性や観測対象の特質に応じて,
力学的にはごく僅かの変動が非常に大きな変化に増幅されて捉えられる場合があり,地震予知には有利です.
その一方で,敏感な観測点のすぐ隣りでは何の信号も現れないということもあり,
いわゆる「ツボ」的現象を生じ易いのが,このような「2次前兆」の特色です.
さらに,以上に述べたような力学的/電磁気的/化学的変化が生じると,ある種の動植物の鋭敏な感覚器には,
それらが大きな環境変化と捉えられ,いわゆる生物の異常行動として観察される可能性もあります.
一般に宏観現象と呼ばれる,このような「3次前兆」の存在を否定することはできませんが,
生物の刺激に対する反応はきわめて複雑であって,地震現象との因果関係を立証することはかなり困難です
(図8.5下段).
現時点では,地震予知の方法に決った公式があるわけではなく, また,ある地域で有効な観測手法も他の地域では役に立たない場合があります. 上に述べた地震観測と地殻変動観測とを2本の大きな柱として, その他関連のありそうなデータは出来る限り多く集めて総合的な判断を行おうということが, 現在の地震予知の基本的考え方です.