第1部で紹介した地震に関する様々な知識の多くは,観測の積み重ねと研究の進歩によって蓄積されてきました.
また,地震活動の現状把握や防災活動のための基礎材料として,地震に関する調査や観測は欠かすことができません.
以下では,我が国における地震調査研究の現状と方向はどうなっているのか,
また,地震現象の理解や防災対策を進めるために,どのような調査観測体制がとられているのかについて概説します.
我が国における近代地震学の始まりは,
文明開化とともに日本へ招かれた西洋の科学者が地震計による地震観測を開始した1872(明治5)年とされています.
その後まもなく,横浜で煙突の破損等を生じた1880(明治13)年横浜地震(M5.5〜6)があり,
これを契機として,世界初の地震学会である「日本地震学会」が設立されました.
その活動は,当初,地震計の開発とそれによる観測が主体であり,
また全国を対象とした測地測量も開始されました.
以来100年以上にわたる地震観測と測地測量の成果は,現在の地震調査研究を支える大きな財産となっています.
=== 図8.1 1946年南海地震の前後約100年間における四国南岸の地殻上下変動(鷺谷威・多田尭,1994,月刊地球,16より) ===
図8.1は,水準測量によって検出された,
1946年南海地震(M8.0)の発生前後における四国南岸に沿った地殻上下変動の推移です.
一番下の段が地震前の期間の上下変動,下から2番目が地震をはさむ期間の変動,
一番上が最新の期間における測量結果を示しています.
室戸岬周辺の沈降に代表される地震前の歪蓄積パターンと,それを裏返した形の地震時地殻変動,
そして再び次の地震に向けた歪蓄積が始まっている最近の様子がよくわかります.
このように,地震の1サイクルを見事に観測で捉えている例は,世界でもきわめて稀です.
その後,我が国における地震調査研究は,国家的なプロジェクトとして1965(昭和40)年に開始された 「地震予知計画」によって飛躍的な発展を遂げました. 同計画では,測地学審議会の建議に基づいて,7次にわたる5ヶ年計画が推進され, 全国的な基本測量や地震観測の継続,活断層調査や地殻構造調査の実施, 特定の地域における観測網強化や各種調査観測の集中, 岩石破壊実験など地震発生機構を解明するための基礎研究の進展等がなされました. これにより,地震発生の長期予測および短期予測に関する多くの知見が蓄積されてきました.
しかし,1995年兵庫県南部地震(M7.2)による大災害の発生を契機として,
国の地震調査研究推進方策は,大きな見直しを迫られることになりました.
同年に施行された「地震防災対策特別措置法」によって,総理府(現在は文部科学省)に「地震調査研究推進本部」が設置され,
それまで機能してきた「地震予知推進本部」は廃止されました.
これにより,我が国の地震調査研究の方向は,狭い意味の地震予知から広い意味の地震調査研究へ,
また,理学的な地震研究から実用を強く意識した防災研究へと,軸足が移されつつあります.
「地震調査研究推進本部」では,海溝型地震や内陸型地震について長期的な地震発生確率の評価を進めると同時に,
最終的には,ある地域が一定期間内に強い地震動に見舞われる確率を示した
「地震動予測マップ」の完成をめざしています.
なお,「地震予知計画」は1999年度から基礎研究の色彩を強めた「地震予知のための新たな観測研究計画」に衣替えして10年間継続したのち,
2009年度からは火山噴火予知計画と統合されて「地震及び火山噴火予知のための観測研究計画」に,
また2014年度からは再度衣替えして「災害の軽減に貢献するための地震火山観測研究計画」に改められています.
上記のような地震調査研究の方向修正を受け,地震観測とそのデータ処理についても,
地震発生直前の前兆検出に重きを置く姿勢よりも,
防災に直接役立つシステムを作ることの重要性が強調されるようになりました.
具体的には,強震観測網の強化とリアルタイム地震防災の推進がうたわれています.
これは,地震の発生した直後における適切な緊急対応をめざしたものであり,
この中には,地震による大きな揺れがやってくる前に被害を防ぐ対策を施そうとする「地震早期検知システム」と,
すでに被害が生じてしまった後に,その状況をいち早く正確に把握し,
応急対策に役立てようとする「リアルタイム防災情報システム」とが含まれています.
「地震早期検知システム」は,地震波の伝播する速度が有限であること,
また,被害につながるのは遅れてやってくる地震波の主要動(S波)であることに着目し,
大地震の発生をP波の段階で検知して直ちに対象システムへ通信することにより,
秒単位の対策をとろうとするものです.
別名「10秒前システム」とも呼ばれ,まさしくリアルタイム性の高いものです.
秒単位の時間では人間の避難に間に合いませんが,システムの制御には有効です.
我が国では,JRが新幹線の地震対策の一環として1985年から採用している
「地震動早期検知警報システム」(通称ユレダス)が有名ですが,このほかにも,
ガス会社の運用する緊急遮断システムや,
高層ビルの制震装置と組み合わせた建設会社の実験システムなどが稼動しています.
ただし,このようなシステムは,震源と被災地との距離がある程度離れていることを前提としており,
至近距離での大地震発生に対しては限界があります.
それでも,たとえ0.1秒の時間差であっても,書き込み中の磁気ディスクの動作を止めたり,
CPUを停止させることによって,情報化社会の危機回避を図ろうとする研究が進められています.
=== 図8.2a CUBEシステム(Kanamori and Hauksson,1991, EOS,72より) ===
一方,「リアルタイム防災情報システム」には,
「地震早期検知システム」ほどのリアルタイム性は求められません.
分程度の時間単位で,発生した地震の全体像を正確に把握し,
地盤情報や住宅などの社会基盤情報と組み合わせることによって,
大きな被害を生じた地域を迅速に推定することを目的としています.
これによって,発災直後の混乱した状況においても,即座に効果的な応急対策を行うことが狙いです.
この種のシステムとしては,米国地質調査所とカリフォルニア工科大学が共同で始めたCUBEシステム
(図8.2a),
および,これにカリフォルニア州鉱山地質局を加えて3者による運用が始められたTri- netがよく知られています.
我が国でも,JRによる列車制御システム(ユレダス)をはじめとして,川崎市などの自治体や,東京ガスのような公共事業体によって同様の取り組みがなされてきましたが,
阪神・淡路大震災以降は,このような緊急対応の防災情報システムの整備が,
国や地方自治体を中心として急速に進みました.
これらの背景としては,同震災の発生時に首相官邸への情報連絡が遅れたり,
自衛隊への出動要請が遅くなるなど,危機管理体制の不備や初動体制のミスが指摘されたことが挙げられます.
しかし,ここで注意しなければならないのは,官邸への連絡や自衛隊の出動が即座になされなかったこと,
すなわち情報システムの不備が,あのような大災害を招いた主原因ではないということです.
犠牲者の8〜9割は一瞬の家屋倒壊による即死であり,抜本対策としては建築物の耐震化,
とくに老朽家屋の補強対策を進めるしかありません.
また,生命を守るという意味では,やはり,困難ながらも地震予知への努力を進めなければならないでしょう.
=== 図8.2b 緊急地震速報システム ===
その後,わが国では,防災科学技術研究所と気象庁の協力によって「緊急地震速報」システムが実用化され,2005年8月からは特定のユーザ向けに,また2007年10月からはテレビやラジオによる情報提供を含め,広く一般に提供されるようになりました.