海溝型巨大地震は海底下の浅いところを震源とするため, 地震の発生による海底の上下変動(隆起や沈降)によって,津波を伴うことがひとつの大きな特徴となっています.
低角逆断層の生成によって,海底面は図2.7で示したような
上下変動を見せます.
具体例として,地表から30度で傾く長さ100km,幅50kmの断層面上で食い違い量5mの逆断層運動が生じた場合,
断層面の直上では最大2.3mの隆起と海側への2.9mの水平変位が生じ,その陸寄りでは最大35cmの沈降が生じます.
これらのうち,水平変位は,流体がずり応力を伝えないため,海水の動きには何の影響も与えません.
しかし,上下変動の部分はそのまま海面の上昇や沈降をもたらし,
海面に生じた変動は波動となって周囲の洋上へ伝播していきます.
厳密に言えば,M8級の地震による海底の上下変動が完了するまでには,通常,数10秒の時間を要しますが,
広い範囲にわたって生じた海面変動がくずれて海水が移動していく時間スケールに較べれば,
これは十分に短時間とみなせるため,津波の伝播シミュレーション等では,
海底の上下変動と同じパターンの海面変動がある瞬間に生じたと仮定して計算を始めるのが普通です.
津波が洋上を伝播する速度は,水深をh,重力加速度をgとすると√ghで表わされ,
たとえば水深4,000mでは秒速約200m(時速720km),水深200mでは秒速約30m(時速100km)というスピードになります.
津波が陸に近づくと,水深が浅くなる影響で伝播速度は遅くなり,うしろから来る波に追いつかれるため,
波高はどんどん高くなります.
さらに,細長い湾のようなところでは津波の範囲が両側から狭められ,なおさら波高は高くなります.
なお,沿岸部では,地形や堤防などの構造物によって,波の反射や回折などの現象も加わるため,
各地における津波の遡上高は大変に複雑な分布となります.
=== 図5.12(左)1960年チリ地震,(右)1983年日本海中部地震に伴った津波の伝播図(気象庁パンフ「今日の気象庁業務」より) ===
我が国周辺の沖合いで発生する海溝型巨大地震の場合,
地震が発生してから津波が最寄りの海岸に到着するまでの時間は,通常30〜40分程度と言われています.
しかし,104名の死者を出した1983年日本海中部地震(M7.7)や,
202名の死者を出した1993年北海道南西沖地震(M7.8)のように,沿岸のごく近くで大地震が発生する場合や,
関東地震・東海地震のように湾内で大地震が発生する場合には,数分のうちにも津波が襲来します.
図5.12の右は,
1983年日本海中部地震によって生じた津波の伝播図を示しています.
一方,これとは逆に,外国で発生した巨大地震による津波が,長い時間をかけて日本にまでやってくることもあります. 図5.12の左は,1960年チリ地震(M9.5)によって生じた津波が, 約24時間をかけて太平洋を横断した様子を示しています. この津波によって本州の太平洋岸各地では最大数mの遡上高が記録され,全国で142名の死者・行方不明者が出ました.
ところで,大きな津波を引き起こすような地震は,その巨大さゆえに,強い揺れを伴うことが普通です. しかし,時として,大した揺れは感じなかったにもかかわらず,非常に大きな津波が押し寄せた例もあります. このように,体に感じる揺れの程度とは不相応に大きな津波を伴う特殊な地震のことを「津波地震」と呼びます.
日本周辺で発生した津波地震の例としては,26,360名もの犠牲者を出した1896年三陸地震(M8.5)が有名です.
この地震では,太平洋沿岸での震度は高々4程度であったにもかかわらず,
岩手県三陸町綾里には,明治以降に日本付近で記録された最大の高さである38.2mの津波が来襲しました(この記録は,2011年3月の東北地方太平洋沖地震(M9.0)の際に宮古市姉吉で記録された最大遡上高40.3mにより更新されました).
これと比較するために,3,064名の死者を出した1933年三陸地震(M8.1)の場合を見ると,
太平洋沿岸では震度5の強い揺れがあったものの,同じ三陸町綾里での津波記録は23.0mとなっています.
このような「津波地震」が何故生じるのかはよくわかっていませんが,プレート境界面の摩擦特性の違いによって,
断層のすべり運動が通常の地震よりもゆっくりと起こるのではないかと想像されています.
地震の大きさには大小さまざまなものがあるように,地震の進行する時間スケールにも
バラエティーがある可能性が考えられ,実際に,数時間〜数年といった
時定数をもった地面の動きを検出したとの報告もなされています.
ただし,このようなゆっくりとした動きは地震計では捉えることができず,歪計や傾斜計,GPSなどによる地殻変動連続観測に頼ることとなるため,その検出や解釈は,一般の地震に比べ困難です.
=== 図5.13 GPSで捉えられた1994年三陸はるか沖地震前後の久慈における変位(Heki et al.,1997,Nature,386より) ===
図5.13は,
1994年三陸はるか沖地震(M7.5)の前後にGPS観測によってとらえられた,
岩手県久慈観測点における変位の時間変化を示しています.
地震の発生と同時に約1mの東方向への変位を示したのち,1年以上にわたってだらだらとした同じ向きの動きが見られます.
これは,地震時の高速すべりに続いて,断層面上でゆっくりとした「余効すべり」が継続し,
本震とほぼ同じくらいの地震エネルギーを地震後に解放したものと解釈されています.
=== 図5.14 断層面上のずれの時間経過の違いによる様々な「ゆっくり地震」 ===
このように,様々のタイムスケールでゆっくりとした破壊が震源で進行する現象を,
総称して「ゆっくり地震」または「スロースリップ」と呼び,「津波地震」はそのうちの一部とみなされます.
あまりにゆっくりで,通常の意味の地震波は勿論,津波さえも伴わない地震は
「サイレント地震」(沈黙地震)と呼ばれることがあります.図5.14は,様々なタイプの「ゆっくり地震」を断層面上のずれの時間経過の違いによって模式的に示したものです.
=== 図5.16 西南日本の深部低周波微動と短期的スロースリップ(Obara et al.(2004),GRL,31ほか) ===
一方,阪神淡路大震災を契機として全国に整備された高感度地震観測網(9.3節参照)によって,西南日本では,地下30〜40kmのフィリピン海プレート等深線に沿って「深部低周波微動」という現象が,ほぼ6ヶ月の周期で間欠的に繰り返されていることが世界で初めて発見されました。
その後,これに同期してプレート境界の深部では短期的なスロースリップを生じていることが明らかになり,その継続時間は数日〜1週間程度,ずれの量はわずか数mm程度であることがわかってきました。これらの現象が発生している場所は,近い将来の発生が危惧されている東海地震・東南海地震・南海地震の想定震源域のすく隣りであり,これらの巨大地震の発生に何らかの関係を有するであろうことが注目されています。
以上に述べた「ゆっくり地震」は,その性質がまだ十分に解明されていませんが,
地震テクトニクスや地震発生予測の観点からは,重大な意味を有しています.
それは,プレート間のサイスミック・カップリングの不足分を補う立役者である可能性が高いためです.
サイスミック・カップリングとは,地震の発生によるモーメント解放率を,
プレートの動く速度から計算されるモーメント蓄積率で割った比のことを言います.
これが1であれば,プレート運動によって蓄積されたエネルギーは地震の発生に100%費やされたことになり,
たとえば南海トラフのフィリピン海プレート境界部はこの状態に近いものと考えられています.
一方,日本海溝の太平洋プレート境界部では,この比が約0.3と見積もられ,残りの約70%については,
上記の「ゆっくり地震」が不足分をまかなっているものと考えられていました.しかし,2011年東北地方太平洋沖地震の発生によって,このような考え方が正しいかどうか再検討が迫られています.