長期的な地震発生の時系列については,よく周期性とか,活動期・静穏期ということが言われます. しかし,これらは,ある領域を特定し, しかも対象をある程度以上大きな地震に限った場合に語ることのできる現象であると考えられます.
=== 図7.10 日本列島周辺における最近114年間のM別地震回数の積算(宇津および気象庁カタログによる) ===
たとえば日本周辺の全域をとって,
最近114年間(1900〜2013年)におけるマグニチュード別の地震発生数の累積状況を調べてみると,
図7.10のようになります.
M8以上の地震は1950年前後と2000年前後に集中しているように見えますが,
全体で7件しかないため,統計的な有意性を云々することはむつかしいでしょう.
一方,M7級以下では,どのマグニチュードレベルにおいても地震数積算の推移はほとんど直線的であって,
非常に一定の割合で地震が発生していることがわかります.
なお,2011年ころの地震数急増は東北地方太平洋沖地震の余震によるものです.
すなわち,広域かつ長期的に見ると,地震の発生には特別な周期性や, はっきりとした活動期・静穏期の区別を見出すことはできません. なお,この図で,M5級の地震が1926年(昭和元年)から急に増えているように見えるのは, この年から気象庁の業務的地震観測が開始されたためです.
このように,広い領域をとってしまうと,地震の発生の仕方に何らかの規則性を見つけることはできず,
むしろ地震はでたらめに発生しており,長期的な地震発生率は一定であるとの結論になってしまいます.
しかし,ここで特定のプレート境界に発生する大地震や,ある活断層の部分に発生する大地震に着目すると,
今度は地震の発生におおむねの周期性が見えてきます.
=== 図7.11 地震発生源における歪エネルギーの蓄積と解放のサイクル ===
特定の地域に着目すると,M8級の海溝型巨大地震では100〜200年,
内陸の活断層で発生するM7級の大地震では数千年〜数万年の繰返し周期をもって,
似たような地震の発生が繰り返されており,このような地震は「固有地震」と呼ばれます.
これは,特定の地震を発生させる領域における歪エネルギーの蓄積と解放とが,
図7.11の概念図で示すように
繰返されているという物理的背景によって説明されます.
このような大地震の繰返しに関連して,その震源域周辺のやや広い範囲において, 地震活動が活発化したり,静穏化したりする現象が認められる場合があります. 図7.11に示した地震のサイクルでいえば, 歪エネルギーを蓄積する期間のうち前半は,前回の地震で周辺部の歪エネルギーを放出しているため, 一般に大きな地震は起きにくくなり(静穏期),後半になると地下の緊張状態が高まり, 大きめの地震が起きやすくなる(活動期)という傾向があります.
=== 図7.12 1946年南海地震(M8.0)の発生前40年間(左)と最近40年間(右)における,近畿地方周辺の地震活動(M>6) の比較(「1995年兵庫県南部地震」,京大防災研より) ===
図7.12は,1946年南海地震(M8.0)の発生する前の40年間と,
最近40年間のそれぞれにおいて,近畿地方周辺で生じたM6を超える地震の分布を示しています
(ただし,余震は除かれています).
両期間を比較すると,南海地震に先立つ40年間は確かに内陸の地震活動が高かった様子がうかがえます.
最近の40年間は大変に静かですが,1995年兵庫県南部地震に引き続いて,
2000年鳥取県西部地震や2001年芸予地震などが続いており,
西日本地域は次の南海地震に向けた内陸地震の活動期に入ったのではないかとの議論もなされています.
=== 図7.13 1923年関東地震(M7.9)の発生前40年間(左)と最近67年間(右)における,関東地方周辺の地震活動(M≧6) の比較(岡田義光,2001,地震予知連会報,66より) ===
上記と同様のことを関東地方について調べてみると,
図7.13のようになります.
1923年関東地震(M7.9)の前40年間と,最近の67年間を較べると,前者は東京を中心に広域で大きな地震が多発し,
活動期の様相を示しているのに対し,後者は期間が長いにも拘らず大粒の地震がほとんどなく,
現在は静穏期であるように見えます.
=== 図7.14 最近400年間に,東京(江戸)が震度5または震度6になった地震の時系列. 右端は関東地方下の地震エネルギー蓄積状況を模式的に示す(岡田義光,2001,地震予知連会報,66より) ===
図7.14は,
角度を変えて,最近400年間における東京(江戸)での有感地震の歴史を図示しています.
1923年関東地震と同じタイプのM8級海溝型巨大地震は1703年に元禄地震として発生していますが,
この2つの巨大地震は,その発生前70〜80年の間にいずれも2つのM7級直下型地震を伴っています.
これらの中では,江戸下町を中心に1万人近い死者を出したといわれる1855年(安政)江戸地震が有名です.
関東地震タイプの地震再来周期を約200年とすると,大雑把に言って,
その前半100年は静穏期,後半100年は活動期と分類してよいでしょう.
現在,1923年関東地震からは約80年を経過しただけですので,次の関東地震はまだしばらく先であり,
現在は地震活動の静穏期といえます.
しかしながら,次の関東地震はまだ当分先としても,
それ以前にやってくると予想される直下型の地震はそろそろ心配を始める時期に入ってきたと言えます.
その兆候として,東京では関東地震の頃より50〜60年間,震度5を経験することはありませんでしたが,
最近になって,1985年10月と1992年2月の2回,震度5の揺れがありました.
これらはいずれも太平洋プレート内部で発生した深い地震であり,Mも6級だったため,
さしたる被害はありませんでしたが,もう少し震源が浅かったり,M7級ともなれば,
小被害を生じたかもしれません.
このように,関東地震よりは規模が小さいものの局地的には大きな災害をもたらす, いわゆる首都圏直下型地震についてはある程度の切迫性があるものと認識され, このため1992年8月には,国の中央防災会議から「南関東地域直下の地震対策に関する大綱」が発布され, 関係市町村に対策を促しているところです.
ところで,個々の地震発生領域においてこのような歪エネルギーの蓄積・解放による大地震が繰返されると,
特定の海溝部分や特定の活断層に沿った地震の空間分布にも,規則的なパターンが現われてきます.
大地震の震源域はほとんど重なり合うことなく,長い期間の間には,
それらの海溝部や活断層に沿った地震帯を埋め尽くすように地震が発生すると予想されます.
=== 図7.15 千島海溝に沿った大地震の震源域(宇津徳治,1972,地震予知連会報,7より) ===
図7.15は,
千島列島の南方沖から青森県沖に連なる千島海溝沿いで,
1952年から1969年にかけて次々とM8級大地震が発生した様子を示しています.
ここで空白となっている根室半島沖では,1973年にM7.4の地震が発生しました.
=== 図7.16 北アナトリア断層(トルコ)に沿った大地震の震源域(笠原慶一,「地震の力学」,鹿島出版会より) ===
内陸部における同様の現象の例として,図7.16には,
トルコ半島の北アナトリア断層に沿って1939年から1967年にかけて発生した一連の地震の震源域が示されています.
1967年の震源域の西隣りは未破壊領域として警戒されていましたが,
ここに1999年8月,M7.4のトルコ大地震(イズミット地震)が発生したことは記憶に新しいところです.
以上に述べたような大地震発生に関する時間的・空間的特徴は, 長期的な地震発生予測を行う上で大きな手がかりを与えてくれるものと言えるでしょう.