10.3 宇宙技術利用測地観測

 前項に述べた地殻変動連続観測用の計器は,非常に高感度で歪や傾斜を測定できるものの, 計器自体の寸法は数10cmからせいぜい数10m程度であるため,どうしても局所的な変動の影響を受けやすく, 測地測量のように広域の地殻変動を代表するというわけにはいきません. また,計器そのものの経年変化などの問題もあって, 長期間にわたる絶対的な安定性を得ることはむつかしいとされています.

 これに対して,最近登場し,めざましい進歩を遂げつつある宇宙技術利用の地殻変動計測は, 測地測量の持つ広域性・長期安定性という長所と, 地殻変動連続観測の持つ高時間分解能という長所の双方を併せ持つ,画期的な手段といえます.

=== 図10.8 VLBIの電波望遠鏡    図10.9 SLRの望遠鏡(情報通信研究機構パンフより) ===
 VLBIの電波望遠鏡  SLRの望遠鏡
 VLBI (Very Long Baseline Interferometry:超長基線電波干渉法)は,元来, 天文学の分野において,強い電波を出す準星(Quasar)の構造を調べることを目的として開発された技術です. 地球上の遠く離れた2地点に巨大なパラボラアンテナ(図10.8 ) を置き,宇宙からの微弱な電波を受けて,そのわずかな到着時刻の差を精密に計測することによって, 大陸の間の距離を2〜3cmの精度で測定することができます.

 SLR (Satellite Laser Ranging:人工衛星レーザ測距)は,地上から人工衛星に向けてレーザ光線を射出し, 反射してくるレーザ光の位相を望遠鏡(図10.9)で 捉えることによって人工衛星の軌道を精密に計測し, その軌道のゆらぎから観測点自身の位置やその変化を知るものです. 精度はVLBIと同程度ですが,VLBIが2地点間の幾何学的な距離を測定するのに対し, SLRは地球重心に対する観測点の位置を知ることができるため,上下変動の検出に有効であるという特徴があります.

 VLBIとSLRは,ともに1970年代後半に高精度化が達成され, 当時提唱されていたプレートテクトニクス理論の検証に大きな役割を果たしました (たとえば図4.5). しかし,この両者は,いずれも測定のためにきわめて大掛かりな装置を必要とすることが難点であり, 我が国で現在稼動しているのは,VLBIが国土地理院の新十津川,父島,姶良,つくばの4点, SLRが海上保安庁海洋情報部の下里1点のみです.


=== 図10.10 GPS衛星の配置図 (国土地理院パンフより) ===
GPS衛星の配置図
 これに対して,GPS (Global Positioning System:汎地球測位システム) は, 小型,軽量かつ安価であることを最大の利点として近年急速に普及しており, その精度も最近ではVLBIやSLRに匹敵するレベルに到達しています.
 GPSは,もともと地上約20,000kmの高度に打ち上げられた6軌道30機の人工衛星 (図10.10)から発射される電波を用いて, 船舶や航空機の航法支援を行うために開発されたものです. 地上の観測点で4つ以上の衛星からの信号を受信することにより, 観測点の3次元的位置と精密な時刻を得ることができます.

 その原理は地震観測における震源決定と同様であり,各人工衛星の位置を既知として, 地上の観測点までの各々の距離を求め観測点の位置を決定しています. 震源決定では,観測点が地表にしかないため, 震央位置に較べて震源の深さの決定精度が劣るという性質がありましたが, GPSを用いた位置決定においても,衛星は上空側にしかないため, 観測点の水平位置に較べて高さの決定精度は原理的に劣っています.

 地殻変動を計測する目的には,地上に置かれた複数のGPS観測点において複数の衛星からの電波を 同時受信することにより,電離層や対流圏の影響,衛星や観測装置に組み込まれた時計のずれによる影響等を相殺し, 精密な位置変化の測定を行っています. このような方法により,たとえば10km程度離れた2地点間の相対位置は,水平方向で2〜3mm, 上下方向で5〜6mmの精度で測定することが可能です.
 なお,GPSでは,観測のために上空の視界さえ開けていればよく, 三角測量や三辺測量のように測定したい2点の間の見通しを確保する必要はありません. このため,観測点を設置する場所の自由度が大幅に増していることも,大きな利点のひとつといえます.



=== 図10.11 我が国におけるGNSS,SLR,VLBI観測施設の分布 (2013年3月現在,地震調査研究推進本部調べ) ===
我が国におけるGNSS,SLR,VLBI観測施設の分布
 我が国では,1990年代初めに防災科学技術研究所によって関東・東海地域の10地点からなる 世界初のGPS固定点連続観測網が構築され,その有用性を世に示しました.
 その後,全国的なGPS観測網は国土地理院によって整備が進められ, 国の基盤的観測の一項目にも取り上げられています. 阪神・淡路大震災の前は約200地点であった国土地理院のGPS観測施設は, 2013年度末現在,1,348地点に増強され,この観測網をGEONETと称しています. また,これとは別に,大学や海上保安庁海洋情報部等も約170地点で固定点GPS観測を実施しています (図10.11).

 これらの観測網によって,日本列島の変形状況を刻々と知ることが現実にできるようになりました. また,これまで捉えることが困難であった, 地震後の余効変動やサイレント地震などの興味深い現象も見つけられつつあります.
 さらに,GPS観測は手軽に高精度・高密度の移動観測を行えることから, 大学のグループ等によって,これを用いた各地におけるテクトニクスの研究などが盛んに実施されています.

 なお,人工衛星を用いた従来の位置測定には,もっぱらGPS(Global Positioning System)衛星(米国:30機)が使用されてきましたが, 近年はGLONASS衛星(ロシア:24機)やGalileo衛星(EU:30機予定),Compass衛星(中国:30機予定)なども実用の域に達し, これらの複数衛星を組合せて使うことにより,精度の向上が図られるようになってきました. このように複数システムの衛星を用いた測位システムはGNSS(Global Navigation Satellite System:全地球航法衛星システム)と呼ばれ, 最近は「GPS測量」ではなく「GNSS測量」の用語が使われるようになってきています.


 ところで,以上に述べた諸技術は, いずれもアンテナの設置された場所のポイントとしての位置変化を知る手段です. したがって,地殻変動の詳細な地域分布を知るためには,このようなアンテナを高密度に配置せねばなりません.


=== 図10.12 InSARで検出されたランダース地震による地殻変動 (Massonnet et al.,1993, Nature,364より) ===
InSARで検出されたランダース地震による地殻変動
 これに対して,InSAR (Interferometric Synthetic Aperture Radar:干渉合成開口レーダ)は 地表面の変動を面的に直接把握することができる画期的な技術であり, 現在,宇宙開発事業団や国土地理院などによって実用化研究が進められています.
 SARでは,人工衛星や航空機から地上に向けて電波を射出し,その後方散乱波の位相を計測することによって, まず,衛星と地上の間の距離を数cmの精度で求めます. このような測定を複数回行い,検出された地形情報の差分をとることによって, 地殻変動(おもに上下変動)を抽出するものです.
 これまでに,大きな地震による地表面の変形 (たとえば図10.12)や, 火山体の変動に伴う地殻変動などが捉えられており,将来が有望視されている技術です.




=== 図10.13 海底地殻変動観測の原理 (海上保安庁海洋情報部HPより) ===
海底地殻変動観測の原理
 海溝型地震の起きる海底において地殻変動を観測できれば,地震の準備過程としてのひずみ蓄積や, 地震時の震源断層の様子を推定するための有力な情報が得られます.
 海底に設置したトランスポンダーと測量船との位置関係を超音波による精密音響測距により測定し, また測量船の位置をGNSS測位で精密決定することによって, 3つのトランスポンダーの重心位置を高精度で決定することができます.
 東日本大震災の際には,地震前後の測量結果を比較することにより, 宮城県沖の海底が20mほど東方に移動したことが明らかになりました.



=== 図10.14 我が国における海底基準局の分布 (2013年3月現在,地震調査研究推進本部調べ) ===
我が国における海底基準局の分布
 我が国では,海上保安庁海洋情報部が本州の太平洋側沖合に27点の海底基準局を設置して, 定期的に業務的な測量を行っているほか,大学グループがいくつかの海域で研究的な観測を実施してます.




★防災科研のホームページに戻る               ◄ 前の節へ戻る      次の節へ進む ►