10章 地殻変動観測

 地震による断層運動に伴う地表の静的変形や, 地震の準備過程におけるゆっくりとした地面の変形を捉えるのが地殻変動観測です. 振子の原理を利用して地面の振動を計測する地震計とは異なり, 地殻変動観測では,2点間の位置の相対的変化を歪や傾斜として測定することが基本となります.

 地殻変動を観測する手段としては,旧来技術あるいは宇宙技術を利用した測地測量と, 歪計や傾斜計などの計器を用いた地殻変動連続観測とがあります. 旧来の測地測量は,広い範囲の永年的な地殻変動を精密に測定できる利点の代り, 測定に多大の労力を要し,測定の繰り返しには数年から数ヶ月かかるというのが普通だったため, 時間分解能が劣るという欠点がありました. 一方,計器を用いた地殻変動連続観測では,非常に高感度で地殻変動の時間変化を追跡できるという利点の代り, 局所的な変動に影響されやすく,永年的な変化は検知しにくいという欠点がありました.
 最近登場した宇宙技術利用の測地測量は, 広い範囲の永年的な地殻変動を高い時間分解能で追うことができる画期的な手段であり, すでにめざましい成果が得られつつあります. 今後のさらなるデータ蓄積によって,地震調査研究への大きな貢献が期待されています.


10.1 測地測量および潮位観測

 旧来の技術による測地測量のうち,上下変動を測定する手段としては, 潮位観測と組み合わされた水準測量があります. 一方,水平変動を測定する手段としては,三角測量および三辺測量があります.

=== 図10.1 日本列島の一等水準網(左)と一等三角網(右)(国土地理院による) ===
日本列島の一等水準網と一等三角網
 水準測量は,検潮所の検潮儀で測定される平均海水面を基準として, 図8.7にある通り, 2点に立てた標尺の目盛の差を水準儀で読み取り, この作業を尺取虫のように繰返すことによって,離れた2地点間の標高差を測定するものです.
 我が国では,主要国道に沿って2km毎に水準点と呼ばれる標石が設けられ, 国土地理院によって全国にわたる定期的な水準測量が実施されています (図10.1左). その測定誤差は10kmの路線長に対して5〜6mm程度であり, 宇宙技術を用いた最新の測地測量と同等以上の精度が得られるため,現在もその重要性は失われていません.



=== 図10.2 我が国における潮位観測施設の分布(2013年3月現在,地震調査研究推進本部調べ) ===
我が国における潮位観測施設の分布
 なお,水準測量の基準となる平均海水面を定める潮位観測は, それ自身が海岸部における地殻上下変動を連続的に捉える手段となり,また津波を記録する役割も担っています. 我が国では,気象庁108点,国土交通省69点,国土地理院25点,海洋研究開発機構24点,海洋情報部20点などの 計251地点で潮位観測を実施しています(図10.2).

 実際に潮位を計測する手段としては,井戸中に導いた海水の水位変化をフロートでとらえ, 機械的に記録するケルビン式潮位計のほか, 海底に水圧センサーを設置して潮位をとらえる圧力式潮位計などが用いられています.



 一方,水準測量と同時に明治時代より開始された三角測量は, 精密に方位と長さが決定された基線を出発点として,その両端から, 経緯儀を用いて第3の点への方位を測定し,幾何学的にその点の水平位置を決定する作業を繰返すことによって, 離れた2地点間の水平的な位置関係を求めるものです.
 我が国では,全国土を覆う一辺数10kmの三角形網の節点(見通しを得るため,高い山の頂上等が多い)に 三角点と呼ばれる標石が設けられ,国土地理院によって定期的な測量が繰り返されてきました (図10.1右).

 次に,1960年代後半には,2地点間の距離をレーザ光を用いて直接測定できる光波測距儀が現われ, 水平位置の測定は,三角形の三辺の長さを直接求める三辺測量(または光波測量)に置き換えられ, 精度の向上が図られました. その測定誤差は,10kmの基線長に対して5〜6mm程度というものでした.
 その後,1980年代後半には,宇宙技術を利用したより高精度の測量技術が実用化され, 現在では,GPSを用いた測地測量がもっとも一般的な測量の手段となっています.

 上記のような各種手段による測地測量によって求められた,我が国の内陸部における歪の蓄積速度は, 年間あたりほぼ10-7程度(10kmの長さが1mm変化する量に相当)であることが知られています.



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